真の女性活躍は女性自身のエンパワーメントから(政治山)



代弁者としての女性議員不足

 私の市議会議員としての活動も3期、10年目となりました。この間を振返ってみますと、私が活動を始める以前の議会構成では党籍を持つ女性議員が1名でしたので、無所属女性議員として私が初めての当選でした。

 議員活動を始める以前、子育ての傍ら町づくりや男女共同参画社会に関しての勉強を重ねるにつれ、自分が暮らす地域社会の中で女性達の声を届ける立場、代弁者として女性議員が乏しいのではないだろうか、と感じるようになっていきました。

 そして、自分がこれまでPTA活動や地域活動に参画する中で感じたこと、経験や一緒に子どもを育ててきた母親たちの目線での提案や提言を市政に届けたく願い、議員活動を志して今に至っています。

まずは女性自身が変わること

 議員活動を始める以前から、地方都市・岩沼市において必要なことの1つとして、女性自身のエンパワーメントが重要であると感じていました。男女平等が知られ、男女雇用機会均等法が施行されてはいるものの、いざ町内会活動や防災組織活動を見ると「面倒なことは男性に任せておけばよい」「男の人の稼ぎ(給与等)には適わないから」という風潮や発言をなさる女性が多くあります。

 男性も女性も性の違いはあれども人として同じ、責任も同じはずです。女性自身が先ず一歩を踏み出すための支援のサポートが私にできることの一つと受け止めて取り組んでいます。

男性も女性も共に支え合う社会に

 私はまず、県内を持ち回りで行っていた宮城県男女共同参画フォーラムを岩沼市で開催していただきました。こちらには市内外から多くの参加者があり、男性も女性も共に支え合う、という思いを共有するきっかけになりました。

 その後、行政主導での男女共同参画社会に関する研修会やワークショップが毎年開かれるようになり、そこへ参加された方の中から有志で男女共同参画研究会を結成、勉強を深めるさ中、忘れもしない東日本大震災が発災しました。

避難生活で押し付けられた役割

 着の身着のまま避難所での暮らしが始まった6年前。市域の約半分近くが浸水した大惨事でした。その中には当事者でもあり、女性で構成する婦人防火クラブの皆さんもおられました。

 避難所から仮設住宅暮らしが始まり、時を経て振り返り口々に話される避難所での生活ぶり。「女性にばかり炊事、清掃が回ってきて大変だった。身体が休まらない」「生理用品や下着が欲しくても避難所運営は男性スタッフばかりで気後れした。運営にも女性は必要」そんな声も出るようになりました。

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