“最強の無所属”中村喜四郎氏「民進会派入り」の深いワケ – ニフティニュース



 今週、永田町を驚かせた最大のニュースは、無所属の中村喜四郎衆院議員(68=茨城7区)が民進党籍を持つ議員らでつくる衆院会派「無所属の会」に入ったことだろう。

 中村氏は日大卒業後、田中角栄の秘書を経て76年に初当選。43歳の若さで建設大臣を務め、「将来の首相候補」の呼び声もあった。ところが、94年のゼネコン汚職で逮捕されたことで人生が暗転。逮捕直前に自民党を離党し、以後無所属のまま14回当選を重ねてきた。

「会期中以外は永田町に出てくることもなく、この20年間、本会議での発言はゼロ。それでも選挙では負け知らず。“最強の無所属”と呼ばれています」(政界関係者)

 無所属のまま自民党二階派の「客員会員」になったのに、事実上の「民進会派」入りとは意外だ。何があったのか――。

 中村氏の永田町事務所スタッフが言う。

「理由はまったく分かりません。報道関係者から問い合わせがたくさんあったので、先生に『何かコメントを出した方がよろしいのでは?』と聞いてみたのですが、『いらないよ』と一言。なのでノーコメントです」

■脳裏をよぎる引退後の“代替わり”

 予兆らしきものはあった。中村氏は昨年の特別国会の首班指名で民進党の大塚代表に投票。大のマスコミ嫌いとして知られてきたが、最近、一部メディアの取材を受けるようになり始めた。

 どうやら、中村氏の脳裏を引退後の“代替わり”がよぎり始めたようだ。自分の秘書を務めている長男に地盤を譲ることを視野に入れているらしい。

「中村後援会『喜友会』は鉄の結束力を誇りますが、後援会は高齢化が進んでおり、息子まで無所属で当選できる保証はありません。本来なら中村先生の自民復党がベストでしょうが、自民党茨城県連のドン・山口武平元県議との長年の確執が尾を引き、今さら復党は難しい。そこで民進党に接近したのでしょう。『無所属の会』は民進党の岡田克也常任顧問が代表を務めています。岡田代表は自民党時代に中村氏が所属した『経世会』の後輩で、今も定期的に顔を合わせるそうです。今回の会派入りは息子の将来を託すための布石かもしれません」(茨城の地元関係者)

 2代目政治家の中村氏は27歳で初当選時に出生時の名前「伸」を捨て、参院議員を務めた亡き父の名前「喜四郎」を“襲名”した。“3代目・中村喜四郎”の誕生も近そうだ。




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