ジョーダン・スティール・ジョン上院議員 – 日豪プレス



政界こぼれ話人物編 その205

ジョーダン・スティール・ジョン上院議員


環境保護政党のグリーンズ党に所属する、WA選出のジョーダン・スティール・ジョン連邦上院議員は、1994年の10月14日に英国で誕生している。

両親は英国労働党の熱心な支持者で、父親は石工、母親はソーシャル・ワーカーであった。幼少時に家族は豪州のWA州に移民。スティール・ジョンは小児麻痺を患う身障者で、車いすを使っている。教育は主として家庭で受けたという。政治的に極めて早熟で、ハワード連邦保守連合政権時代の2001年、すなわちスティール・ジョンがわずか6歳の時に発生したタンパ丸事件を鮮明に覚えており(注:密入国ボート・ピープル絡みの一大政治事件)、同事件が政治の重要さを認識させ、その後政治に関心を抱く直接の契機になったとのことである。

実際に、その後は身障者や若年層問題の政治活動家として活躍している。グリーンズ党には16歳の時に入党。そして早くも18歳の時には、同党の候補として連邦選挙にも出馬している。実はかつてのスティール・ジョンは、両親の影響もあって豪州労働党の支持者であったが、ラッド労働党首相の地球温暖化問題での「腰砕け」によって、一挙に労働党には失望している。その後のギラード労働党首相のボート・ピープル対策で、労働党に対する幻滅感は決定的となった。

現在では、家族もグリーンズ党に鞍替えしているとのことである。政界入りは17年11月と、ごく最近のことである。スティール・ジョンは16年7月の上院全数改選選挙に、WA州グリーンズ党の「上院チケット順位」第3位として出馬したのだが、グリーンズ党から当選したのは上位の2人のみであった。そのスティール・ジョンが上院議員となったのは、当選した第1順位のラドラムが二重国籍問題で議員失格となり、それを受けて実施されたWA州上院票の再集計で、スティール・ジョンが繰り上げ当選となったからであった。

豪州政治史の中で、最も若くして当選した連邦上院議員で、また車いすを使う初めての連邦上院議員でもある。ちなみに、上院では急遽身障者対応の改築工事が行われている。これまでマッコーリー大学政治学科の通信制に籍を置いていたが、しばらくは休学する予定である。ただ附言すれば、党内の事情から、スティール・ジョンが任期中途で辞職する可能性もある。

思想、信条だが、グリーンズ党に所属していることから明らかなように、強硬な左派である。自分自身の境遇もあって、社会的弱者の救済や社会的公正の実現に重大な関心を寄せている。政策分野では、地球温暖化、若年失業、身障者問題などに関心が深い。人柄だが、極めて前向き、ポジティブ思考の人物である。一方で、本人も認めているように、やや「政治オタク」的な性格で、例えば政治キャンペーンが大好きとされる。また知識欲が旺盛で、とりわけ恐竜や歴史問題に詳しい。


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